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映画 「 第七の封印 」

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元町映画館で期間限定で上映されている、
スウェーデンのイングマール・ベルイマン監督の映画 「 第七の封印 」 
同じ監督の 「 野いちご 」 と共に観て来ました。
「 処女の泉 」 も観たかったけれど、予定が合わずでとても残念!
モノクロの白と黒が、こんなにも美しく雄弁に語ることに感動する、美しい映像です。

「 第七の封印 」は、上級聖職者の息子でもあるベルイマン監督が
ヨハネの黙示録の言葉を題名に、
「神と悪魔」「生と死」をテーマに、
「十字軍」「魔女裁判」「黒死病(ペスト)」がキーワードとなる中世ヨーロッパ、終末と言われた時代を背景に
十字軍の遠征を終え帰途中の主人公の騎士と、
その死期を伝える死神との、
主人公の生死を賭けたチェスの勝負と
数回に亘る勝負の間に出会う、
様々な階層・職業・生き方の違う彼らとの交流と旅路、その時代の空気と
人々の在り様を描いています。
そして「死」を通して問うています。
「生きる」とは、「生きていくことに救いはあるのか」と。

最終的に、主人公を含め死神によって「死の舞踏」へと連れ去られる6人と
同じ旅路にありながら「生」へ留まった旅芸人の家族。
両者を分けた違いは、終末の時代にあっても「生きることへの前向きな、純粋な希望と
今生きている喜び」を持ち得たかどうか、であったように感じました。
ただ、「死への旅路」も、どことなくのどかでもあったのです。

「生きる」ことが難しい時代ほど、「死」の先での許しや素晴らしい世界を夢見、
そのために今生きている現実をより苦しいものにしてしまうのかもしれません。
生きるのが辛すぎて、不安と恐怖でいっぱいの時の、
人から人へと亘る地獄絵図のような負の連鎖。
時代や場所によっては、そこを生きる殆どの人々が巻き込まれてしまう規模の不幸。
そこから解放される「死」が、よほど甘美なものに感じられてしまうほどの。
神が慈悲や愛であるのなら、それはどこに、どのような形であるのか。
「生きていること」とは、「死」の意味とは。
どの時代にも、現在にも通ずる問い。
その主人公の問いが、監督自身の問いであり、映画の中で
答えは幾通りも出ていたように思います。
人によって、あまりにも心の持ちようは違い、それはどれもただの個人の現象、
個人の真実。

テーマは重くとも、そこに必ず暖かな出会いや、
小さな喜びや幸せな気持ちや
希望の芽のようなものもちりばめられていて、
何度も言ってしまいますが映像の美しい、
私にとってはとても見応えのある映画でした。


かっこよくウイットに富んだセリフの応酬!!と感じる場面も多々あり、
黒装束で真っ白な顔の死神も、なんだかなんとなくユーモラスでかわいげ(おかしげ?)が・・・・あるような(笑)
そして騎士が・・・自身の苦悩の中にも優しさに満ちた眼差しを持ち、
とても素敵・・・!惚れます(単なる好み??(笑))
海をバックに二人がチェスをするシーン、いいのですよ~。
最後の旅芸人家族の姿も、健康な幸せに満ちていて、神々しいくらいでした。

「 野いちご 」 でも、「 第七の封印 」 でも、
現実ではない人物と会話をしたり時間を共有したり、
あちらとこちらの世界を繋げていることが、
象徴であったり隠喩であったり、伏線であったりと
不思議でありながらもより深く、そしてシンプルに色んなことが伝わってくるようでした。

相変わらずの長文(もっと書きたいくらいなのですが(笑))、
わかりにくい表現で・・・・申し訳ないです!!
観られた方はぜひ!語って下さると嬉しいです(^^)
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by matocacafe | 2013-09-12 09:09 | 日々のこと | Comments(0)

できるかぎりオーガニックな素材を使い、アレルギーにも対応した焼菓子やケーキ・ドリンクをご提供しております。6席だけの小さなカフェへ、お越しいただけたら幸せです。


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